ダムに沈んだ村の記憶をピアノソナタに 「山の作曲家」が24年前に着想 12月3日、品川で初演

2023年10月30日 17時00分

徳山ダムの試験湛水を控え、旧徳山村の中心部を山の上から見つめる住民ら=2006年9月、岐阜県揖斐川町で

 徳山ダムの建設で廃村になった岐阜県の旧徳山村(現・揖斐川町)への哀惜を込めて、作曲家の近藤浩平さん(58)=兵庫県宝塚市=が「徳山村の記録」の副題を持つピアノソナタを完成させた。かつてダム湖に沈むのを待つ村を訪れた際、目に焼き付いた荒涼とした風景が作曲のきっかけに。「日本の消えゆく山村の文化を、世界で弾いてもらえるかもしれない『クラシック』のピアノ曲として残しておきたかった」と語る。12月3日に東京都内で初演を迎える。(宮尾幹成)

◆過疎が進む山村に心痛め

  登山が趣味の近藤さんは自身を「山の作曲家」と呼び、山や自然を題材にした作品を多く発表してきた。1999年11月、岐阜・福井両県境の冠山に登った帰路に旧徳山村を訪問。既にほとんどの住民は移住を終え、水没する地区の樹木は無残に伐採されていた。
 学生時代から足を運んできた山村の多くが、過疎や高齢化で生活文化を維持できなくなっている状況にかねて心を痛めており、この時の徳山の印象を基に作曲に着手。村出身のアマチュア写真家、増山たづ子さん(2006年死去)が村の在りし日を記録した写真集にも着想を得た。

ピアノソナタ「徳山村の記録」を作曲した近藤浩平さん(右)と、ピアニストの杉浦菜々子さん=8日、東京都大田区で(宮尾幹成撮影)

 徳山ダムの本格稼働が始まった08年、二つのオーケストラ曲「徳山村の為の哀歌、沈める村」「徳山村の為の哀歌、源流の村」として実を結んだが、実演の機会には恵まれないまま、15年の歳月が過ぎていた。

◆「やおよろずの神を感じさせる」

 今回、近藤さんら日本人作曲家の作品を多く手がけてきたピアニスト杉浦菜々子さん(44)=千葉県船橋市=らから「日本を代表するピアノソナタの新作を」と依頼を受け、お蔵入りになっていたオーケストラ曲の素材をピアノ曲に練り直して二つの楽章に再編。全4楽章からなる演奏時間約25分のソナタに発展させた。
 楽曲は、遠い山のかなたから聞こえてくる呼び声のような節回しから始まる。嵐や吹雪を思わせる激しい音響も現れるが、全体を貫くのは村に暮らしていた人々の息遣いをたたえた穏やかな調べ。近藤さんは「いわゆる『現代音楽』の新作だが、どこか懐かしいメロディーも印象に残る曲に仕上がった」と話す。
 杉浦さんは、作品の魅力を「やおよろずの神を感じさせる響きの神々しさ。これぞ日本のピアノソナタです」と解説。「ぜひ岐阜県でも演奏の機会をつくりたい」と意欲を見せる。
 初演は12月3日午後3時から、東京都品川区上大崎の「目黒・芸術家の家スタジオ」で杉浦さんが行う。入場料は一般3千円、学生千円。他にもドビュッシーの「喜びの島」や山田耕筰の「ポエム」など、近代のフランスと日本のピアノ曲を取り上げる。
 問い合わせは、主催する「湘南クラシック音楽を愛する会」の藤本辰也さん=電090(3695)5450、メールshonan.classic@gmail.com=へ。

徳山ダム 愛知・岐阜両県の利水確保や水力発電、揖斐川の治水などを目的に2008年5月、現在の岐阜県揖斐川町に完成。総貯水容量6億6千万立方メートルは日本一。建設に伴い全村が廃村となることになり、ダムの是非を巡る全国的な論争が起きた。同県大垣市などの市民らは1999年以降、国の事業認定の取り消しなどを求めて岐阜地裁に提訴したが、いずれも07年に最高裁で敗訴が確定。全466世帯の転居は01年に完了した。自然豊かなダム湖周辺は新たな観光地となっている。

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